大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成8年(オ)2422号 判決

上告人

亡石﨑卯三郎訴訟承継人

石﨑みつ

外三名

被上告人

株式会社太平洋銀行

右代表者代表清算人

渡部良爾

右訴訟人代理弁護士

三宅裕

主文

原判決中、保証債務不存在確認請求に関する部分を破棄し、第一審判決中、右部分を取り消す。

上告人ら被承継人石﨑卯三郎と被上告人との間の第一審判決別紙保証契約目録記載の連帯保証契約に基づく保証債務が存在しないことを確認する。

訴訟の総費用は、これを四分し、その三を上告人らの負担とし、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告代理人矢野保朗の上告理由第一点について

債権者が、根抵当権の極度額を超える金額の被担保債権を請求債権として当該根抵当権の実行としての不動産競売の申立てをし、競売開始決定がされて同決定正本が債務者に送達された場合、被担保債権の消滅時効中断の効力は、当該極度額の範囲にとどまらず、請求債権として表示された当該被担保債権の全部について生じると解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は採用することができない。

同第二点について

一  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  上告人ら被承継人石﨑卯三郎は、被上告人との間で、昭和五七年七月二三日、被上告人と北部運送有限会社(以下「北部運送」という。)との間の同五九年六月三〇日までの相互銀行取引により生ずる北部運送の被上告人に対する債務について、極度額を五〇〇万円として連帯保証する旨の契約を締結した(以下、右契約に基づく卯三郎の被上告人に対する保証債務を「本件連帯保証債務」という。)。

2  卯三郎は、被上告人との間で、昭和五八年五月二七日、卯三郎所有の川崎市高津区上作延字原間谷〈番地略〉宅地115.55平方メートル外一筆(以下「本件土地」という。)について、極度額を一五〇〇万円、債権の範囲を相互銀行取引、手形債権、小切手債権、債務者を北部運送とする根抵当権設定契約を締結し、その旨の根抵当権設定登記を経由した(以下、右契約により設定された根抵当権を「本件根抵当権」という。)。

3  被上告人は、北部運送に対し、昭和五九年四月二八日、証書貸付の方法により、三三〇〇万円を貸し付けた。

4  北部運送は、昭和六一年四月五日、東京手形交換所において取引停止処分を受け、右3の貸金債権(以下「本件貸金債権」という。)について期限の利益を喪失した。

5  北部運送は、昭和六一年六月九日、破産宣告を受け、本件根抵当権の担保すべき元本が確定した。

6  被上告人は、昭和六二年五月、本件貸金債権等を請求債権として、本件土地について本件根抵当権の実行としての競売の申立てをし、同月二六日、競売開始決定がされて、その決定正本がそのころ北部運送の破産管財人及び卯三郎にそれぞれ送達された。

7  卯三郎は、平成二年三月三一日、本件連帯保証債務の不存在確認等を求めて本件訴訟を提起し、被上告人は、本件訴訟において、同六年九月三〇日、本件貸金債権の残額が存在する旨の主張を記載した準備書面を原審裁判所に提出し、卯三郎はこれを受領した。

8  卯三郎は、平成七年一月二七日、被上告人に対し、本件根抵当権の極度額に相当する一五〇〇万円を支払い、被上告人は、同日、本件土地についての前記競売の申立てを取り下げた。

9  卯三郎は、右競売申立ての取下げ後、本件訴訟において、本件貸金債権につき五年の商事消滅時効を援用した。

二  原審は、本件貸金債権について消滅時効の中断を認め、本件連帯保証債務の不存在確認請求を棄却すべきものとした。原審の判断の概要は、次のとおりである。

1  卯三郎所有の本件土地について本件根抵当権の実行としての競売の申立てに基づく競売開始決定がされ、その決定正本が債務者である北部運送の破産管財人に送達されたことにより、右送達がされた昭和六二年五月二六日ころ、本件貸金債権について、いったん消滅時効中断の効力が生じたが、右時効中断の効力は、被上告人が平成七年一月二七日右競売の申立てを取り下げたことにより、初めから生じなかったことになる。

2  しかし、担保権の実行としての不動産競売の申立ては、被担保債権について債務者に対するいわゆる裁判上の催告に当たり、競売手続の進行中は催告の効力が維持され、右手続の終了後六箇月以内に債務者に対し裁判上の請求等をすることにより、被担保債権について時効中断の効力を生じさせることができる。

3  被上告人の本件根抵当権の実行としての前記競売の申立てに基づく競売開始決定の正本が債務者である北部運送の破産管財人に送達されたことにより、本件貸金債権について催告の効力が生じ、その効力は右競売の申立てが取り下げられた平成七年一月二七日まで維持されていたところ、被上告人は、右催告の効力が継続中の同六年九月三〇日、本件貸金債権の残額が存在する旨の主張を記載した準備書面を原審裁判所に提出し、卯三郎がこれを受領したことにより、本件貸金債権の連帯保証人である卯三郎に対して裁判上の請求に準ずる行為をしたということができ、その効力は主債務者である北部運送に及ぶから、本件貸金債権について消滅時効中断の効力が生じた。

三  原審の右二1の判断は是認することができるが、右二2及び3の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  債権者から物上保証人に対する根抵当権の実行としての競売の申立てがされ、執行裁判所が、競売開始決定をした上、同決定正本を債務者に送達した場合には、時効の利益を受けるべき債務者に差押えの通知がされたものとして、民法一五五条により、債務者に対して当該根抵当権の実行に係る被担保債権について消滅時効の中断の効力を生ずる(最高裁昭和四七年(オ)第七二三号同五〇年一一月二一日第二小法廷判決・民集二九巻一〇号一五三七頁参照)。しかし、債権者が根抵当権の実行としての競売を申し立て、競売開始決定正本が債務者に送達されても、根抵当権の被担保債権について催告(同法一五三条)としての効力が生ずるものではないと解すべきである(最高裁平成七年(オ)第一九一四号同八年九月二七日第二小法廷判決・民集五〇巻八号二三九五頁参照)。そして物上保証人に対する不動産競売において、債務者に対する同法一五五条による被担保債権の消滅時効中断の効力が生じた後、債権者が不動産競売の申立てを取り下げたときは、右時効中断の効力は、差押えが権利者の請求によって取り消されとき(同法一五四条)に準じ、初めから生じなかったことになると解するのが相当である。

2  これを本件についてみると、前記事実関係によれば、卯三郎は、平成七年一月二七日、被上告人に対して本件根抵当権の極度額に相当する一五〇〇万円を支払い、被上告人は、同日、本件根抵当権の実行としての不動産競売の申立てを取り下げたというのであるから、本件根抵当権の実行に係る被担保債権である本件貸金債権についての民法一五五条による消滅時効中断の効力は初めから生じなかったことになる。そして、被上告人がした本件根抵当権の実行としての不動産競売の申立て及びその競売開始決定正本の債務者への送達が同法一五三条の催告としての効力を有すると解することはできず、被上告人の主張する他の消滅時効の中断事由を認めることもできないから、本件貸金債権は、卯三郎の消滅時効の援用により消滅したものというべきである。

四  右と異なる原審の判断は、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決中、保証債務不存在確認請求に関する部分は、その余の点について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、以上判示したところによれば、本件連帯保証債務の主債務である本件貸金債務が時効により消滅したことに伴い、本件連帯保証債務も消滅したというべきであるから、第一審判決中、保証債務不存在確認請求に関する部分を取り消して、右請求を認容すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官大出峻郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例